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大阪高等裁判所 昭和59年(ネ)1457号 判決

控訴人

カネマツ鋼材こと平松義雄

右訴訟代理人

林義久

被控訴人

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

井口博

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、金一六八五万五九〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨。

二  当事者の主張

1  控訴人の請求原因

(一)  控訴人は、昭和五二年八月二五日三協建鉄株式会社(以下「三協建鉄」という。)との間の取引から生ずる控訴人の債権を担保するため、小田準一(以下「小田」という。)から同人所有の別紙物件目録記載の土地、建物(以下「本件不動産」という。)につき極度額二五〇〇万円の根抵当権の設定を受け、同年九月一六日その旨の根抵当権設定登記を経由し、同年一二月一〇日右取引から生じた債権のうち二五〇〇万円につき右根抵当権を実行し本件不動産に対する競売を大阪地方裁判所堺支部(以下「本件競売裁判所」という。)に申し立て(同裁判所昭和五二年(ケ)第二〇八号事件)、同裁判所は同月一五日競売手続開始決定をした。

右競売手続において、昭和五四年三月三〇日大東興業有限会社に対し本件不動産の競落許可決定がなされ、同会社はその後競売代金四八〇二万円を支払つた。

そこで、本件競売裁判所は昭和五四年一二月一八日を代金交付期日(配当期日)と定め、右代金のうち、控訴人の直近先順位根抵当権者太田正(以下「太田」という。)に二〇〇〇万円、控訴人に四一一万五八四六円を配当する等と記載した配当表を作成し、太田は右期日に、控訴人は同五六年二月一八日に右各配当金の交付を受けた。

(二)  しかしながら、以下のとおり、太田は二〇〇〇万円の配当金を受領しうる権利を有していなかつた。すなわち、

(1) 清和鋼業株式会社(以下「清和鋼業」という。)は、三協建鉄に対する取引上の債権を担保するため、控訴人に先立ち、昭和五一年一〇月八日本件不動産につき小田から極度額二〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、同月一二日その旨の根抵当権設定登記を経由した。

(2) 本件競売裁判所は昭和五二年一二月二三日清和鋼業に対し書面で本件不動産に対する競売手続の開始を通知し、同会社はそのころ右書面を受け取り右事実を知つた。したがつて、二週間経過後において清和興業の右根抵当権の元本は確定したが、当時の被担保債権額は三一四万四一〇〇円であつた。

(3) 太田は本件競売裁判所に対して清和興業の右根抵当権を譲り受けた旨届け出たが、太田が提出した昭和五三年一〇月一一日付根抵当権譲渡契約証書(乙第一号証の一八五)には譲渡の対象を「確定前の根抵当権」と記載されているから、太田は右文言どおり確定前の根抵当権を譲り受けたにすぎないところ、当時右根抵当権の元本は既に確定していたことからして太田は右契約証書により右根抵当権を譲り受けることはできないというべきであり、したがつて太田は本件不動産の競売代金を受領しうる権利は全くなかつた。

(4) 右(3)が認められないとしても、太田が右契約証書により譲り受けることのできる権利は、三一四万四一〇〇円の債権とこれを被担保債権とする本件不動産に対する元本確定後の根抵当権に止まるから、太田は本件不動産の競売代金のうち右三一四万四一〇〇円の金員を受領しうるにすぎない。

(三)  しかるに本件競売裁判所は前記のとおり太田に対し二〇〇〇万円の配当をし、控訴人に後記(四)の損害を与えたが、これにつき本件競売裁判所は以下に述べる責任がある。

(1) 本件競売裁判所は、本件不動産の根抵当権者清和鋼業に対し昭和五二年一二月二三日に本件不動産に対する競売手続を通知したこと及び太田提出の前記根抵当権譲渡契約証書の作成日付(昭和五三年一〇月一一日)からして、根抵当権の譲渡が元本確定後であることは容易に知り得たものであるから、このような場合競売裁判所としては確定した元本の債権額を調査すべき義務があるというべきところ、本件競売裁判所は右義務に違反して右の調査を怠り、太田の受領しうる配当額は前記のとおり三一四万四一〇〇円を超えることはないのに二〇〇〇万円と認定してこれを配当した重大な過失がある。

(2) 右(1)が認められないとしても、

(ア) 本件競売裁判所では、不動産任意競売における代金交付手続につき、代金の交付を受けるべき者の全員に対して予め代金交付期日の呼出をする取扱いが一般的になされていた。

(イ) 控訴人は、かねてより清和鋼業の三協建鉄に対する債権額は、清和鋼業の根抵当権の極度額(二〇〇〇万円)に比べてはるかに少額の一七〇万円位である旨聞いていたので、太田が清和鋼業の根抵当権を譲り受けたことを知つた後、本件競売裁判所に対し、太田が一七〇万円以上の代金交付を要求し、その旨の配当表が作成された場合には異議を述べる旨を申し述べた。

(ウ) しかるに、本件競売裁判所は、前記のとおり、太田に対し二〇〇〇万円の、また控訴人に対して四一一万五八四六円の各配当をなす旨の配当表を作成したにもかかわらず、右(ア)の一般的取扱い及び右(イ)の控訴人の申出に反して控訴人に対する代金交付期日の呼出を怠り、もつて太田に対し右期日に異議を述べて配当異議訴訟を提起しうる機会を控訴人から奪つたもので、本件競売裁判所には重大な過失がある。

(四)  本件競売裁判所が右(三)の(1)記載の調査義務を尽くしておれば、太田への配当額は三一四万四一〇〇円を超えることのないことが判明し、太田に配当された二〇〇〇万円から右金員を控除した一六八五万五九〇〇円は控訴人に配当されたはずである。

仮に右調査義務の存在が認められなくとも、本件競売裁判所が右(三)の(2)の(ウ)記載の控訴人に対する代金交付期日の呼出をしておれば、控訴人は右期日に太田の債権に対して異議を述べ、配当異議訴訟を提起することにより右一六八五万五九〇〇円につき控訴人への配当に変更することができ右金員の配当を受けることができたはずである。

しかるに本件競売裁判所は前記のとおり太田に対し二〇〇〇万円を配当してしまつたため、控訴人は太田に対し不当利得金一六八五万五九〇〇円とこれに対する利息の支払請求訴訟(大阪地方裁判所昭和五七年(ワ)第九四一〇号事件)を提起せざるをえず、同訴訟において控訴人の請求全額認容の判決が確定し、控訴人は右確定判決を債務名義に太田に対して強制執行(動産執行)をしたものの、昭和六〇年二月五日に一八万円の支払を受け、これを利息に充当したに止まつた。太田は他に何らの資産もなく、同人からは右不当利得金を回収することは不可能であるから、控訴人は右(三)の(1)又は(2)各記載の本件競売裁判所の過失行為により配当を受けるべき一六八五万五九〇〇円を逸失し、同額の損害を被つたというべきである。

(五)  よつて、控訴人は被控訴人に対し右損害金一六八五万五九〇〇円とこれに対する太田への配当日の翌日である昭和五八年一二月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被控訴人の認否及び主張

(一)  請求原因(一)のうち、控訴人の三協建鉄に対する債権額は知らないが、その余は認める。

(二)  同(二)の冒頭の主張は争う。

(1) 同(二)の(1)は認める。

(2) 同(二)の(2)は争う。

(3) 同(二)の(3)のうち、太田が控訴人主張の根抵当権譲渡契約証書を本件競売裁判所に提出したことは認めるが、その余は争う。

(4) 同(二)の(4)は争う。

(三)  同(三)の冒頭の主張は争う。

(1) 同(三)の(1)は争う。

抵当権の実行による不動産競売手続(以下「不動産任意競売手続」という。)において、競売裁判所は、不動産登記簿、債権者等の利害関係人提出の書面等競売記録に顕れた権利関係の外形に依拠して手続を進行することで足り、実体関係の存否を調査すべき義務はない。

本件競売裁判所は、太田が提出した上申書(乙第一号証の一〇九)と添付の登記簿謄本(同号証の一一〇、一一一)から太田を清和鋼業の根抵当権の譲受人と扱い、太田が提出した債権計算書(同号証の一六九)に基づき太田の被担保債権額を二〇〇〇万円と扱つたものであり、右の措置に違法はない。

(2) 同(2)のうち、(ア)の全部と(イ)のうちの本件競売裁判所が控訴人主張の呼出をしなかつたことは認めるが、その余は争う。

不動産任意競売における代金交付手続については、配当手続を詳細に定めた強制競売とは異なり、民事執行法附則二条の規定により廃止された競売法(明治三一年法律一五号、以下「旧競売法」という。)三三条二項の規定しかなく、右規定によれば、競売裁判所はその裁量により競売代金を交付すれば足りるものであるから、配当期日を開かねばならないことはなく、従つて右期日の呼出は必ずしも必要でない。そのゆえに、実体関係と異なつて競売代金を取得する者もないとはいえず、これを是正するため、債権者の不当利得返還請求権は代金交付期日における異議の有無にかかわらず消滅しないとされている。控訴人主張の本件競売裁判所の一般的取扱いは、右の異議権を保障することを目的にしたものではなく、競売裁判所において代金交付を一挙に行うことによる事務処理上の便宜を目的とするにすぎない。したがつて、本件競売裁判所が控訴人に対する代金交付期日の呼出をなさず、そのため控訴人が配当異議訴訟を提起しえなかつたとしてもこれをもつて違法とはいえない。

(3) 仮に本件不動産競売の代金交付手続において本件競売裁判所がとつた措置につき控訴人の言うような瑕疵があつたとしても、本件競売裁判所において違法、不当な意図が認められる等特段の事情が認められない限り、控訴人は右の瑕疵を理由に国家賠償責任を問うことは許されないというべきところ、控訴人は本件において右に言う特段の事情を主張立証しないから、控訴人の請求原因(三)の主張は失当である。

(四)  同(四)のうち、控訴人が太田に対し控訴人主張の不当利得返還請求訴訟を提起し、全部認容の判決が確定したことは認めるが、その余は争う。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一控訴人の三協建鉄に対する債権額を除く請求原因(一)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び〈証拠〉によると、以下の事実を認めることができ、この認定に抵触する証拠はない。

1  控訴人は、カネマツ鋼材の商号で鋼材販売業を営んでいたところ、昭和五二年八月二五日三協建鉄の取締役小田との間で同人所有の本件不動産につき控訴人の三協建鉄との継続的取引により生ずる債権(手形債権を含む。)を担保するため極度額二五〇〇万円の根抵当権の設定を受ける旨の契約を締結し、同年九月一六日その旨の根抵当権設定登記を経由し、三協建鉄との取引を開始したが、同会社は同年一一月二〇日ころ倒産し、当時控訴人は三協建鉄に対し右取引から生じた一七九九万六六九〇円の手形債権と七四〇万円の売掛金債権を有していた(なお、以上の債権合計は二五三九万六六九〇円であるが、後日四〇〇万円の弁済を受けたので、債権合計は二一三九万六六九〇円である。)そこで、控訴人は、同年一二月一〇日右根抵当権を実行し、本件競売裁判所に対し、本件不動産の競売を申し立て、同裁判所は旧競売法の規定に従つて同月一五日競売手続開始決定をした(同裁判所昭和五二年(ケ)第二〇八号事件)。

2  本件不動産につき旧競売法により不動産任意競売手続が進行したところ、大東興業有限会社は、昭和五四年三月三〇日競落許可決定の言渡を受け、同年九月三日競売代金四八〇二万円のほか利息等合計四八七〇万四六七〇円を支払つた。

3  本件競売裁判所は、昭和五四年一二月一八日を代金交付期日と定め右同日右競売代金等につき控訴人の直近先順位根抵当権者として太田に対し二〇〇〇万円、控訴人に対し四一一万五八四六円を各配当額とする配当表を作成し、右同日太田に対し右二〇〇〇万円を、昭和五六年二月一八日控訴人に対し右四一一万五八四六円を各交付した。

二控訴人は太田が二〇〇〇万円もの配当を受領しうる権利はなかつたと主張する(請求原因(二))ので、検討する。

1  当事者間に争いのない請求原因(二)の(1)の事実、〈証拠〉によると、以下の事実を認めることができ、この認定に抵触する証拠はない。

(一)  清和鋼業は、同会社と三協建鉄との間の取引により生ずる継続的債権(手形債権を含む。)を担保するため、控訴人に先立ち昭和五一年一〇月八日小田から本件不動産につき極度額二〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、同月一二日その旨の根抵当権設定登記を経由した。

(二)  本件競売裁判所は、昭和五二年一二月二三日に同日付書面により清和鋼業に対し本件不動産に対する競売開始決定を通知した。

(三)  太田と清和鋼業は昭和五三年一〇月一一日小田の承諾を得て清和鋼業の本件不動産に対する確定前の根抵当権を譲渡する旨記載した根抵当権譲渡契約証書(乙第一号証の一八五)を作成し、清和鋼業は同会社が同五二年一二月二三日ころまでに所持するに至つた三和建鉄振出ないし裏書の約束手形六通(金額合計三一四万四一〇〇円、乙第一号証の一九五ないし一九八、二〇〇、二〇一)を太田に交付し、太田は清和鋼業に右と同額の金員を支払い、同月一六日太田は本件不動産につき清和鋼業からの根抵当権移転附記登記を経由した。

(四) 太田は、本件競売裁判所に対し、昭和五三年一〇月二四日太田の根抵当権附記登記の記載のある本件不動産登記簿謄本を添付した上申書を提出して清和鋼業の根抵当権を譲り受けた旨上申し、同五四年一二月一三日右根抵当権の被担保債権額は極度額と同額の二〇〇〇万円である旨の計算書を提出した。本件競売裁判所は太田からの右提出書類に基づき前記一の3認定のとおり太田の配当額を二〇〇〇万円とする配当表を作成し、同月一八日右配当金を太田に交付し、これと引換えに太田から右(三)の約束手形六通のほか三協建鉄作成の金銭借用証書四通(合計一六五〇万円、乙第一号証の二一六ないし二一九)とこれに対応する同会社振出の約束手形四通(乙第一号証の二〇二ないし二〇五)及び同会社振出の金額一〇〇万円の約束手形一通(乙第一号証の一九九)及び右(三)の根抵当権譲渡契約証書を提出させた(太田が右根抵当権譲渡契約証書を本件競売裁判所に提出したことは争いがない。)。

(五)  控訴人は太田に対し同人が受領した右配当金に関し不当利得返還請求訴訟(大阪地方裁判所昭和五七年(ワ)第九四一〇号事件)を提起し(このことは当事者間に争いがない。)、太田は右訴訟において、右(四)の金額合計一六五〇万円の約束手形四通(乙第一号証の二〇二ないし二〇五)及び金額一〇〇万円の約束手形一通(乙第一号証の一九九)の手形金債権は、清和鋼業から譲り受けたものではなく太田独自の債権である旨主張した。

以上認定事実によれば、清和鋼業に対する昭和五二年一二月二三日付競売開始決定通知は、当時清和鋼業に到達し、これにより同会社は本件不動産に対する競売手続の開始を知つたと推認されるから、右通知到達の日から二週間を経過した翌五三年一月初旬ころ清和鋼業の根抵当権の元本は確定したものである(民法三九八条の二〇第一項四号参照)。その後右(三)のとおり同年一〇月一一日に太田と清和鋼業が根抵当権譲渡契約証書を作成し、同会社が太田に金額合計三一四万四一〇〇円の約束手形六通(乙第一号証の一九五ないし一九八、二〇〇、二〇一)を交付し、これと引換に太田が同会社に右金額合計と同額の金員を支払つたことからすれば、右譲渡契約の対象は右手形債権と根抵当権と解釈するのが合理的であつて、右譲渡契約証書中の「確定前の根抵当権」の譲渡なる文言をとらえて、右譲渡が無効である旨の控訴人の主張(請求原因(二)の(3))は失当である。

2  以上によれば、太田は清和鋼業から三一四万四一〇〇円の手形債権とこれを被担保債権とする本件不動産に対する元本確定後の根抵当権を譲り受けたと認められるから、太田が本件不動産の競売代金から受領しうるのは三一四万四一〇〇円に止まるというべきである。

してみれば、太田が交付を受けた配当金二〇〇〇万円のうち三一四万四一〇〇円を超える部分(一六八五万五九〇〇円)は、太田に受領権限はなく、前記一認定の事実からすれば、太田の次順位根抵当権者で、二一三九万六六九〇円の被担保債権を有していたにもかかわらず四一一万五八四六円しか交付されなかつた控訴人に受領権限があるというべきである。

三控訴人が受領すべき一六八五万五九〇〇円を同人に交付されなかつたことにつき本件競売裁判所に責任があるとの控訴人の請求原因(三)の主張について以下順次検討する。

1 請求原因(三)の(1)について

控訴人は、本件競売裁判所において、太田に配当金を交付する前に太田への根抵当権譲渡の有無或いは太田の被担保債権額を調査すべき義務があると主張する。しかしながら、太田が根抵当権を譲り受けたことは前記二認定のとおりであるから、前者の調査義務を言う控訴人の主張は失当で、以下被担保債権額の調査義務の成否について検討する。

旧競売法による不動産任意競売手続において、競売裁判所が被担保債権額の真実の存否を調査しなければならないとの義務の存在を認めうる法律上の規定はなく、競売裁判所は、抵当権者の主張、登記簿の記載その他競売記録に顕れた権利関係の外形に依拠して認めうる被担保債権額に基づいて競売手続を進行させれば足り、その結果利害関係人間において実体的権利関係に不都合が生じた場合には、後述するように不当利得返還請求権の行使(場合により配当異議訴訟の提起)により是正せざるをえないと解すべきである。本件において、本件競売裁判所が太田の被担保債権額を二〇〇〇万円と認めて競売手続を進行させたのは、前記二の1の(四)認定のとおり、太田提出にかかる上申書、登記簿謄本及び計算書に基づくものであり、更に太田は二〇〇〇万円の配当金の交付を受けるのと引換えに右(四)認定のとおり金額合計三一四万四一〇〇円の約束手形六通、合計一六五〇万円の金銭借用証書四通とこれに対応する約束手形四通及び金額一〇〇万円の約束手形一通を債権証書として提出したが以上の合計は二〇六四万四一〇〇円となること及び本件競売記録(前記乙第一号証の一ないし二二二)中に太田の被担保債権額が二〇〇〇万円であることを否定する資料のないことが認められることからすれば、本件競売裁判所が本件競売記録から太田の被担保債権額を二〇〇〇万円と認めたことについて何ら過誤はなく、控訴人の右主張は失当である。

2 請求原因(三)の(2)について

本件競売裁判所では、旧競売法の規定による不動産任意競売手続中の代金交付手続において、代金の交付を受けるべき関係者に対し代金交付期日の呼出をする取扱いが一般的になされていたこと及び本件競売裁判所は控訴人に対する昭和五四年一二月一八日の代金交付期日の呼出をしなかつたことは当事者間に争いないところ、控訴人は本件競売裁判所が控訴人に対して右呼出をしなかつたことをもつて過失責任があると主張する。

ところで、旧競売法の規定による不動産任意競売手続については、旧競売法に特にその旨の規定のある場合はもちろん、特にその旨の規定がない場合であつても反対の規定がなく、その性質の許す限りは強制競売に関する民事執行法附則三条により削除される前の民訴法の諸規定(以下「旧民訴法」という。)を準用すべきであるが(大審院大正二年六月一三日決定、民録一九輯四三六頁参照)、代金交付手続に関しては旧競売法三三条二項は「裁判所ハ前項ノ代価ノ中ヨリ競売ノ費用ヲ控除シ其残金ハ遅滞ナク之ヲ受取ルヘキ者ニ交付スルコトヲ要ス」と規定するに止まる。ところで旧民訴法による不動産強制競売手続においては、配当表を作成し、配当期日を定めて利害関係人等を呼出すことを要し、配当期日に欠席し又は出席しても異議を述べなかつた債権者は配当表に同意したものとみなされ、後日配当表の誤りを理由にこれに従つて配当金を受け取つた者に対し不当利得返還請求をなしえないとされている(旧民訴法六三二条一項、六三四条の裏面解釈)のに対し、不動産任意競売手続においては、配当表が作成された場合には配当表に異議ある抵当権者は旧民訴法六九七条、六三〇条以下の規定を準用して配当異議の訴訟を提起し(最高裁昭和三一年一一月三〇日判決、民集一〇巻一一号一四九五頁参照)、或いは配当表に対する異議の有無にかかわらず配当表の誤りを理由に不当利得返還請求権を行使しうるとされていること(大審院昭和一六年一二月五日判決、民集二〇巻二四号一四四九頁参照)からすれば、不動産任意競売手続では、必ずしも不動産強制競売手続のごとく配当期日を開いて同期日に利害関係人の全員を呼び出して出席者の主張を聞いて配当表を確定する必要はなく、代金交付の手続は競売裁判所の裁量に委ねられており、右1のとおり競売記録から認められる外形に依拠して競売代金を交付すれば足り、それが実体関係に適合しない場合には不当利得返還請求権の行使によつて是正すべきものというべきである。そうだとすると、配当期日を定めて利害関係人等を呼び出し、同期日に出席者を訊問して配当表を確定するとの不動産強制競売手続に関する旧民訴法六九三条二項、六九五条の規定は、不動産任意競売手続には準用がないと解すべきである。なお、不動産任意競売手続においても旧民訴法の規定を準用して配当異議訴訟を認めることを理由に配当期日に関する旧民訴法六九三条二項、六九五条の準用を肯定することは妥当でない。また、本件競売裁判所が実施していた前記の一般的取扱いは、代金交付期日の呼出の対象者が代金を受け取るべき者に限定されていることからすれば、右取扱いは、利害関係人に異議を述べる権利を保障することにあるのではなく(もしそうであれば、競売裁判所において代金を受け取り得ないとされた後順位抵当権者をも呼び出すべきである。)、代金交付期日にすみやかに代金の交付を完了させるという競売裁判所の事件処理上の便宜を目的としたものとみるのが相当であり、このような取扱いを違法とすべき理由はなく、また、右の呼出により出頭した者が代金交付期日に異議を述べて配当異議訴訟を提起しうるのは、異議を述べる権利を保障されたからではなく、右の取扱いの付随的な効果にすぎない。

以上からすれば、本件競売裁判所が控訴人に対する代金交付期日の呼出をすべき法律上の根拠はなく、更に右の一般的取扱いの目的が本件競売裁判所の便宜のためのものであつてみれば、右取扱いに反して控訴人に対する呼出をなさなかつたことをもつて違法ということはできない。

なお、控訴人は、本件競売裁判所に太田の債権に対して異議を述べる旨予め申し出ていた旨主張するけれども、本件競売記録(前記乙第一号証の一ないし二二二)中にこれを認めるべきものはなく、前記甲第六号証及び当審における控訴人本人の供述中には右主張に沿う部分があるが、一方、控訴人本人が原審において、本件競売裁判所の担当書記官に対し口頭で太田は暴力団員だから注意するようにとの趣旨を告げたに止まる旨供述しているのと対比して、前記供述はにわかに措信し難く、控訴人の右主張を認めうる証拠はない。

してみれば、代金交付期日の呼出の欠缺を理由とする控訴人の主張は理由がない。

四以上の次第で、控訴人主張の責任原因はいずれも認められないから、その余を判断するまでもなく控訴人の本訴請求は失当であつて、これを棄却すべきである。

よつて、本訴請求を棄却した原判決の結論は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井 玄 裁判官高田政彦 裁判官礒尾 正)

物件目録

一 大阪府堺市草部七八〇番

宅地 一〇七四・三八平方メートル

二 右同所同番地

家屋番号 七八〇番

鉄骨造スレート葺二階建工場

床面積 一・二階とも二八一・四〇平方メートル

附属建物

符号1

軽量鉄骨造スレート葺二階建事務所、居宅

床面積

一階 五三・五三平方メートル

二階 五二・〇三平方メートル

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